第8章:成長していく人の姿を見る喜び

英会話スクールで営業を経験した私は、その後どうしても書籍編集の仕事をしてみたくなり、編集プロダクションに転職しました。(実務未経験ながら、大学生の頃に受講した校正講座とテープリライター講座が強力なアピール材料になりました!)

小さなプロダクションだったので、これでもか!という数の書籍を担当し、しかも興味のあった語学書などの教材編集に携わることができました。

ところがあるとき、ふと「この本を読んだ人の反応がダイレクトに感じられない」というプロダクションの編集者という立ち位置に物足りなさを感じてしまいました。

そうして私は、再び、成長していく人の姿を目の前で見られる教育サービス業界に戻ることにしました。英語学校と留学代理店を運営する会社でした。

入社してしばらくは学校の広報を担当(書籍制作の経験を買われて、会社や学校のパンフレット制作や、広告やウェブサイトの制作ディレクションを担当)し、その後、法人営業部の新規事業立ち上げのポジションに移動しました。

その会社が持つ英語学校と留学代理店としてのリソースやコンテンツを活用し、国内の大学向けに語学研修プログラムを企画して販売する仕事でした。

トラブルリスク満載の海外研修

中でも力を入れていたのが、「特定の大学・学部向けに設計するオリジナルカリキュラムの海外研修」でした。その大学や学部の意向を受けて、そこの学生のためだけの研修をオーダーメイドで提供するのです。競合他社があまり参入していないニッチと言えるマーケットでした。

完成した研修プログラムは、大学での採択を経たのち、参加希望者を募り、国内での事前研修を実施し、参加者を海外に送ったあとは、現地の学校でその研修を滞りなく実施してもらい(ときには私が学生を引率して一緒に行くことも!)、研修が終わったら、成果発表会をして、成績評価して、大学には実施報告書を提出し、次年度の実施の可否を問う…という一連の流れ。

実際に海外で行われる研修は1ヶ月程度でしたが、その前後のいろんな手続きや準備を含めると、なんだかんだで1年を通して運営することになる、気が遠くなりそうな長期スパンの研修でした。

しかも、20歳前後の若者たちが、海外で学ぶ研修です。いろんな意味でトラブルになるリスクを「これでもか!」とはらむ商材でした。

まず研修を企画したこちらと、研修を実施する現地との間に時差があるのと、現地の学校スタッフとのやりとりが英語なのと、彼らとの間にビジネスに対する価値観の違いや温度差があるのと(彼らは17時になるとさくっと帰宅してしまいます)、ホームステイの受け入れ家庭がフリーダムなのと…で、現地スタッフとタイミング良く無駄なく適切なコミュニケーションを取らないと、「あれ?伝わってない」となり、参加者たちを不安や混乱の渦に巻き込んでしまうのです。

しかも、相手は大学生。ちょっとした「聞いてない」「聞いていたのと違う」ということが起きると、それはすかさず親御さんや大学の先生方の知るところとなり、結果、三方向(現地の参加者、親御さん、大学関係者の方々)から心配の声やクレームのご連絡が殺到するのでした。(もちろん学生さんに悪気はなく、ただただこちらの不備です。)

こんなトラブルリスク満載の商材でしたが、非常に高いニーズがあったので、「どうやって、この研修を、効率よくスムーズに取り回していくか」が解決すべき課題でした。

待ち伏せ資料の実力

そこでまずは、次から次へと三方向からやってくる問い合わせをどうにかしようと考えました。研修の参加者募集のチラシにきちんと明記してあることを何度も聞かれたり、参加者説明会で説明したことが伝わっていなかったり…。

研修ごとに一人の担当者が運営していたので、とにかくその対応だけで、ものすごい時間とエネルギーを奪われてしまっていたのです。しかも親御さんや大学関係者の方々への対応は、細やかな神経を求められる仕事でした。

「みんなちゃんとチラシ見たでしょ!」、「説明会に参加してたよね?」とげんなりしそうになるのですが、ここでもはたと気づくのです。

「きちんと受け取ってもらえるカタチで情報を提供すれば良いのか」と。

そこで、こんなことを試みました。

参加者をはじめ、親御さんや大学関係者、それぞれの立場・目線になって、研修のはじめから終わりまで(研修の提案・受注から、終了報告まで)をシミュレーションするのです。

そうしてそれぞれが都度感じそうな「疑問」や「不安」や「興味」などをリストアップし、それに対応する情報を記載した資料を、次々と先回りして手渡していったのです。名付けて「待ち伏せ資料」!

たとえば、研修期間中を通して常に必要になりそうな情報は、「参加者ハンドブック」「保護者の皆さまへ」という資料にまとめて、あらかじめ研修前に渡すことにしました。(もちろんそこにはFAQも記載しました。)

嬉しい誤算

すると、あれだけ頭を抱えていた問い合わせがあっさりと減っていったのです。

しかも、あるときは出発前に国内研修中に何か質問をした参加者に対して、別の参加者が「それ、ハンドブックに書いてあるから、後で読めばわかるよ」と言ってくれたことがありました。おかげでその質問にはその場で回答する必要がなくなり、研修の時間を本来の「英語の授業」に集中的に使えるようになりました。

さらに、そのハンドブックや資料には、盛り込む情報以外にも、こんな見た目や表現上の工夫を施しました。

・学生向けには「楽しそうなワクワク感」を演出。

・親御さん向けには「出費に値する信頼感と安心感」を演出。

・大学の関係者向けには「単位認定に値するアカデミック感」を演出。

など、「誰にどんな印象やインパクトを与えて、どう行動してほしいのか?」という視点で作成した資料は、期待以上の大きな役割を果たしてくれました。これにより研修の運営効率が一気に上がっていきました。

この時期、私があまりにもせっせといろんな資料やツールを量産していくので、ときに同僚から「その資料必要ある?(=要らなくない?)」とツッコミが入るものもありました。ですが、そのとき扱っていた研修は単価50万円ほどの商品だったので、資料づくりに多少の時間と経費をかけても、充分なリターンがあり、そのため次々と「あったらいいな」と思う資料をつくっていきました。

そうやって研修を運営するようにしたところ、「安心してしっかり学べる本格派プログラム」と評判になり、2回目実施時には参加者が2倍、3回目には3倍になっていきました。

たかが資料ですが、されど資料。お客様目線に立って、情報を伝えるタイミングと、その伝え方、手渡すかたちを少し工夫するだけで、申込率・リピート率、運営効率、さらには満足度までをマネジメントできたのです。

「戦略的につくる教材や資料は、こちらが意図する行動を人にうながす強力なツールになること」を確信しました。